6月に行われた「ASF」にて販売した作品を引き続きHPでも販売致します。
販売致します。
BigBang(No:8405)
「無」からうまれる「有」は、そのパワーを秘めてこの世に現れる。眼にみえものがこの世のすべてではない。いまここに見えないだけで、実際は存在しているかもしれない。その見えないものを「一」という文字でダイナミックに表現している。犀翔悠晴はあくまでも文字にこだわる。
BigBang(No:8407)
宇宙が創造されるとき、そこに何か見えない大きな力が加わって「無」から「有」が現れる。ダイナミックな一文字でそのパワーを表現している。眼にみえものがこの世のすべてではない。
BigBang(No:8409)
生まれたもの。そこには何かしらの営みがあり、衝撃がある。創造主の意図が眼に見えるものとして現れた時、私たちにもその感動が伝わる。眼にみえものがこの世のすべてではない。
BigBang(No:8411)
「無」が「有」になる。眼に見えないだけで実際はそこにずっとあったのかもしれない。波動が変わり「可視状態」になったとき人は「現れた」と表現する。「現れた」のか「見えるようになった」のかはわからない。ただそこには有る。眼にみえものがこの世のすべてではない。
裸婦(No:8424)
「裸婦」と聞いてあなたはどのような想像をするだろう。その時に起きたエモーションを大切にして欲しい。きっと作者とは違う見方をしたに違いない。それでいい。眼にみえものがこの世のすべてではない。
裸婦(No:8432)
「母」を書く。犀翔悠晴こだわりの文字である。見る人それぞれの思いが作品になって観える。ただの母ではない。「あなたが思い描く母の像」である。眼にみえものがこの世のすべてではない。
Buddha dukkha(No:8439)
人生とは?である。コップの中の水半分が、考え方ひとつで「半分しかない」にも「半分もある」にもなる。「苦」という文字。「一切皆苦」とは「この世の一切は皆、苦である。」その「苦」をどうとらえるか。眼に見えるものがこの世のすべてではない。
ONEPIECE宝地図(No:8442)
宝地図とは、まだ見ぬ未来への希望。この先に何があるのか、地図を読み解きながら自分で人生を切り開いて行く。夢と地図を携えて進む人生経験は宝である。
「母」(No:7122)
護書「母」。護書とは、祈祷後の護摩(秘法)檀の灰を使って書き上げており、持つものを守護する「書」である。あなたを守る、お守り・秘符・護書…。眼に見えるものがこの世のすべてではない。
BigBang(No:8248)
BigBangの中でも代表作になる書。すべてはこの「一」一点から始まった。初めに「文字」があった。人は「言葉」というものを習って「文字」を知る。ただ、その習った「言葉」が物事の秩序を編み上げ、現実を構成している。「BigBang」である。
Buddha dukkha(No:8268)
「苦」。苦しみを、明らかな知恵をもって観るときに人は苦しみから遠ざかり離れることが出来る。その真理を、犀翔悠晴氏は、この一文字で表している。明らかな知恵とは何か。それは認めること。「一切皆苦」なのだ。


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